社長ブログ~家族の絆を感じる家づくりを目指す、ハゼモト建設社長日記~


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向上心

2012年5月16日

安藤忠雄さんの本、引き続き読みまくっていますが、
先日、新聞に目を通していたら、私と同年代の名投手、工藤公康さんのコラムがありました。

タイトルは「向上心 米野球に学ぶ」

そこにはどんな事が書かれているかというと、
アメリカ野球の厳しさを自身が若い頃、体験し、目の当たりに直面したことから感じた事が書かれていました。

松井秀喜選手でさえも、契約に苦労し、今必至に3Aでメジャー昇格を目指します。
給与も大幅ダウン現在のままでは、年収400万円程度だとか。
それでも、ひたすらメジャーに挑戦する姿勢は、見栄とかプライドをかなぐり捨ててでも実現したい、何かが、そこにはあるのだと思います。

工藤さんが経験した1Aの世界。
驚く事に彼らは殆ど練習しないのだそうです。

怠けている?

いや、そうではありません。
毎日のように行われる、試合だけで評価され、結果が出なければ10日でクビになる、とんでもなく、厳しい世界 だそうです。

こんな場面もあったそうです。
アメリカでは抑え役を任されたそうです。
そうすると、今まで抑え役だった投手がいなくなるそうです。
中継ぎなど、他で投げることもできるのに・・・・・・・は日本的発想。
「育てる」なんて発想はなく、自らはい上がってくる環境しかそこにはありません。

選手はひたすら試合で結果を残す事に注力していく。
だからこそ、「明日も野球ができる」事に喜びを感じながらも、明日の保証がない今を一生懸命生きていこうとしているのです。

野球の本場で学んだのは『自分を高めようとする意志』
ダメな自分を丸ごと受け入れて、それでも己の可能性を信じ続ける。強いモチベーションが生まれるのは、サバイバルにさらされた環境があればこそ。
妙に染みいりました。

 

 

同じような事を私も最近感じています。
規模も内容も全く違うのですが、自社を顧みての感想・・・・・
「育てる」という事は確かに大切。
人材や後継者を育てていくのが、今後の私の使命だと強く思っていますが、
自分を信じ、自分を高めようとする意志なき者に、どのような教育システムを施しても、成果は実ことはありません。
それは、時間とお金、そして気づかいのムダですね。

 

私も『今』は永遠に保証されていると勘違いしてしまうところがあります。

そうなる恐怖を感じているからこそ、そうあって欲しいと願う気持が強く働きます。
しかし、少なからず恐れがあるからこそ、チャレンジする気持と行動が今の私のモチベーションになっています。

1Aで懸命に試合で結果を残そうとするルーキーのように、失敗を繰り返す、私のチャレンジはまだまだ続きそうです。

「少年よ大志を抱け」 有名なクラーク博士の言葉です。
私はアラフィーのおじさんですが、安藤忠雄さんの如く、未だに青春まっただ中だと、勝手に思っていますので、
「大志を抱いて」、1Aからの脱却できる力を早く身につけたいと思っていますが、思うだけでは何も変わらないので、小さな事から即、行動を心がけています。

 

 

 

 

 



青春とは

2012年5月10日

社内にクールビズがボチボチ準備されてきました。
また、暑い夏が来る・・・・と思えば、個人的には嬉しいのですが、社内の大半は暑さが苦手のようで、、、、
その代表格がジャイアンです。

今は、禁酒をして、再び自宅のある田町から徒歩での通勤。
つい最近、やり始めたのですが、みるみるうちにお腹も引っ込んできていて、若かりし頃の体型を目指して、頑張っています。

若かりし頃と言えば、安藤忠雄さんは『余白』の時間について語っています。
20代が青春というわけではなく、60歳でも、70歳でも、目標を持ち、理想を持っている間は青春であると言われています。
安藤さんは生涯青春を目指しています。
その為に、頭と身体をリフレッシュする『余白』の時間を大切にしています。

こんな話を聞いていると、社内のアミダ潤子を思い出しました。
まだまだ60歳までには、数年あるのですが(数十年ではありません)、彼女は良くも悪くも若いのです。
時折、子供みたいな発想や発言で周囲を驚かせることもあるのですが、
柔軟な発想とチャレンジ精神は、見習うべき点があります。
本人は否定するのだと思いますが、まさに青春を謳歌しているのだと思います。

5年位までの彼女の仕事は経理の事務職。
あろうことか計算が苦手で、私からよく怒られていたのですが、来社されたお客様に接する態度を見ていたら、明らかに表情が違うのです。
当時、営業はムーミン津組1人だけ。
対応しきれない現状があり、売るテクニックに「秀でた社外の人材を求めるよりも、営業素人でも、ハゼモトの事を理解している彼女の方が、私的には適任だと考えて、コンバートすることになりました。

私がそれを見極めたといのも、今考えたら勇気があったなぁと思いますが、そんな私の眼力よりも、彼女のチャレンジ精神は目を見張る素晴らしさががあります。

30歳前後になると、ある意味その場を無難にやり過ごす事ができるテクニックを身につけてきます。
そうなってくるとアグレッシブなイノベーション的な向上心の芽はしぼんできます。
成長を自らの意志でストップさせてしまうのです。
時代や環境がどう変わっても、自分の固定概念でしか、物事を考えなくなってしまいます。
自己否定からの改善や成長的な『心』から、自分を正当化する批判的な『心』で、自分を守ろうとしてきます。
これでは『心』が老化してくるのだと思います。

 

 

こんな詩があります。
『青春』

青春とは人生のある期間ではなく
心の持ち方をいう。
バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく
たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは臆病さを退ける勇気
やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときはじめて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には
驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心
人生への興味の歓喜がある。
君にも我にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ
悲嘆の氷にとざされるとき
20歳だろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり
80歳であろうと人は青春の中にいる。

サミュエル・ウルマン

 

安藤忠雄さんも座右の銘としている詩です。
私の心にも染みいります。

 

 



安藤忠雄さんの「仕事学のすすめ」の続きです。

安藤さんは祖母に育てられています。
放任主義でしたが、躾には厳しい方。
「約束を守れ、時間を守れ、嘘をつくな、言い訳するな」

どこかの社内で聞いたこと(言ったこと)あるような話です。

扁桃腺の手術をするときのことです。

現代ではほぼ間違い無く、親は同行すると思います。
また、病院側もそれを求めるのだと思いますが、不安がる安藤さんを尻目に、
「ひとりで行っておいで」と突き放したそうです。

「私がついて行っても『痛いか』と聞いても治らへんやろ?だから、行かない。これからも、あなたが生きていくのを、誰も助けてくれないよ」
何でも、自分で考えて、自分で決め、自分の責任で行動すべし。

 

私も母から同じような感じで育てられた気がする。
私は高校時代も真面目な生徒ではなく、校則で禁止されていることを、頻繁に繰り返し・・・・・
それを、見逃していた・・・いや容認、応援してくれていた。

髪型もパーマで、これも母の行きつけの美容室で。
授業を出ずに、バイクの免許を取りに行くことを許してくれていた。(費用も出してくれた記憶あり)
もちろん、免許の取得も禁止されていたし、バイクでの通学も言語道断。
それを先生から指摘されたときも、家の仕事で免許を取らされたと言いなさいと援護射撃をしてくれる有り様。

甘いと言えば甘いと受け止められるが、そんじょそこらの女ではない、私の母親から受けた幼少期の記憶。
今考えると、確実に虐待と言われても仕方がないくらいに、ほうきで、死ぬほどぶっ叩かれること、日常茶飯事。

そんな母親の褒め殺しにも近い、応援態勢は逆に不気味でした。
きっと、『あんたのやりたいようにやれ!それを認める!但し、自分のしたことは自分で責任を取れよ』と伝えていたのだと思います。
実は、この時のほろ苦い経験が、後に私がハゼモト建設を継ぐ事を決めた大きな原動力となるのですから、わからないものです。
当時は完全なアウトローな人生を歩んでいました。
その後、よく踏みとどまったものです。何の目標もなく、何の楽しみもない、つまらない日々を過ごしていましたので、
ドンドン悪い道に進んで行っても仕方のない状況でした。

でも、ナゼか踏みとどまった・・・・

ナゼなんだろう?と今でも思いますし、先代社長の後を継ぐことになったことも、今でも明確な理由を思い出せません。
不謹慎ですが、何となくなのです。

でも、目の前の危機を自分の力で乗り越えるという覚悟をこの時学んだような気がします。

 

 



建築は悪戦苦闘

2012年5月07日

今日の朝もNHKでは姜 尚中 (かん さんじゅん)さんの「仕事学のすすめ」がテレビの画面から流れていました。
ちなみに再放送ですので5時10分~。
今朝も早起きして、三文得した気分でした。

 

ところで、昨日に続き、安藤忠雄さん。
「建築は悪戦苦闘」と言われています。

「建築家という職業に対する世間のイメージは、誤解を伴っていることがほとんど。
芸術性も持って、自らの思いを次々にカタチにしていくーーーーそんな華やかな仕事だと思われがちですが、実際は常に厳しい現実と渡りあっていかなければいけない、地味で過酷な仕事だと言われていいます。

それは、関わる多くの人々と対話を重ねながら、粘り強くやり遂げる必要がある。
建築とという仕事は、悪戦苦闘の連続なのです。」

また、こんな話もされています。

「この仕事の意義は、人の命、安全を守り、安心して生活を営める場所を人々に提供する点にあります。周辺環境や社会自体に強い影響を与え、その為、建築には常に大きな責任が伴います。しかし、それだけにやりがいのある仕事だということになります」

 

私には語る資格がないかも知れませんが、安藤忠雄さんの言葉に私は感銘を受けます。
それは、 エリートではないところからのスタート。
加えて、建築という仕事に対するスタンスが同じだと、私が勝手に感じているからなのです。

 

町内会長にも成れない私ですが、
『世界のANDO』には追いつかなくても、せめて『小倉の・・・』もうちょっと頑張って、『北九州の・・・・』ハゼモトに成りたいと思っていますが、もともと少ない『ハゼモト』という名字。
しかも建築をしているのは私だけですから、『北九州のハゼモト』はもう実現できているかも知れませんね。
スケールの小さい話です。

 

この続きはまた次回。

 

 

 

 

 



3月に放送されたNHKの「仕事学のすすめ」は建築家の安藤忠雄さん。
朝早く目覚めて、何となくテレビを眺めていたら再放送がテレビから流れていた。

私が大学生の頃には、もう一流建築家として実績も知名度も抜群であったが、安藤忠雄さんの建築人生は異質です。
私が崇拝するE.Yazawaの成り上がりに匹敵するほどのゼロからのスタートで、「世界の安藤忠雄」 の名声を得ているのですが、その生き様は『凄い』の一言。

 

「仕事は向こうからからはやってこない、自分たちでつくり出すものだ」という意識でスタート。
「さすがに今は安定したでしょう?」という 問いかけに対して、
「決してそんな事はない。今でも地道にコンペに応募し、多くは落選『連戦連敗』を繰り返しながらも、懲りずに挑戦し続けることで、仕事を続けているのです。

 

仕事をつくるためには、自分を常に磨いておく必要があります。
感性を磨いて、自分に投資を惜しまず、好奇心を持って貧欲し真の意味での教養を身につけなければなりません。

加えて、仕事をする上で何よりも大切なのは闘争心。
「私はこの仕事で生きていくんだ」という強い覚悟と「何としてもこれをやるんだ」という気迫が大切。現在でもそれを持ち続けている。
若い人たちには、「好奇心や闘争心がなかったら、物事は前に進まない」と言うことを伝えたい。

なるほど。。。感銘を大いに受けます。

 

祖父母の養子として育ち、高校2年生でプロボクサーのライセンスを取得。
高校卒業後、独学で建築の勉強をはじめた、建築家の安藤忠雄さん。

青年の頃の憧れ・・・・彼の生き様を通じて、今私が感じた事を、何回かに分けてお話しさせていただきます。

 

 




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